戸塚区
●娘との約束
 むかしむかし、汲沢の宇田川近くに、彦八という若い木こりがいました。ある日、彦八が山で木を切っていると、手がすべり、まさかりを滝つぼの中に落としてしまいました。滝つぼの中をのぞくと美しい娘がいて、彦八を水中の御殿に連れていきました。「あなたのまさかりが、滝の魔物を退治してくれました。そのお礼に、楽しんでいってください」。3日後、彦八が家に帰るとき、「私の姿を見たことは、けっして人に話してはなりませんよ」といわれ、娘と約束を誓いました。家に帰ると、両親や村人たちはびっくりしたり喜んだり。というのも、地上では3年の月日が流れており、彦八は死んだと思われていたのです。「彦八、3年もどこへ行っていたんだ」。父に厳しく聞かれ、彦八は思わず娘との約束を破り、事の一部始終を話してしまいました。そのとたん、彦八は倒れ、息が絶えてしまいました。それ以来その滝は「まさかりが淵」と呼ばれ、人々から恐れられるようになったということです。
●目薬師様
 むかしむかし、深谷に専念寺をたてた武将が、東北地方の戦に参加しました。敵の弓矢で左目を射られ、目が見えなくなり、耐えられない痛みに襲われました。武将は、わらをもつかむ気持ちで、はるか東北の地から、専念寺の本尊「薬師如来」に祈願しました。すると不思議なことに、しだいに痛みがやわらぎ、ついには痛みがなくなってしまったのです。この話は村中に広まり、それからというもの、この薬師如来は、「目薬師様」と呼ばれ、お寺は、目の病気をわずらう人々でにぎわうようになったとのことです。目薬師様は、普段は堂内に納められ、拝むことはできません。十二年ごとの戌(いぬ)年の秋にだけ公開されます。むかしは、これにあわせて芝居がかかるなど、深谷周辺では一大イベントとなっていたそうです。
●猫の踊り場
 むかしむかし、戸塚宿に水本屋という醤油屋がありました。毎晩々々、そこの手ぬぐいが1本ずつ無くなりました。変だなあ?と不思議に思っていた主人が、ある晩、商いのことで遅くなり、戸塚道と岡津道の交わるあたりを通りかかったところ、たくさんの猫たちが輪になって踊っていました。よく見ると、踊っている猫たちみんな見覚えのある手ぬぐいをかぶっていました。その踊りの輪の中で音頭をとっているのが、水本屋の飼い猫のトラだと知ってなおさら驚きました。そうです。踊っている猫たちがかぶっている手ぬぐいはリーダー格のトラが店から持ち出してきたものだったのです。主人は、腰もぬけんばかりに坂道を駆け下り、家人にそのありさまを告げました。それ以来、人里遠く離れたさみしいこのあたりを「踊場」と呼ぶようになったということです。
※出典「市民グラフヨコハマ第111号・民話の里」。一部、改編したところがあります。