拡大写真 no.102 光太夫、戦艦に乗船す
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 横須賀に入ると、トンネルが続く。京浜急行にしても、JR横須賀線にしてもそうだ。山が連続して海へなだれ込むかのように迫っているせいもある。また、帝国海軍鎮守府が置かれ、鉄道が敷設されるに伴って、積荷を満載した貨車の退避壕としてトンネルを間断なく繋いだともいわれている。横須賀駅から衣笠駅へかけてのトンネルはかなりの難工事の末に完成した。思いのほか長く深く掘られていて、大雨には真ん中辺りが水没してしまう。今でいうシェルター機能を持っていた。一説には、猿島の要塞と地下で結ばれているといわれていたが定かではない。横須賀線が省線と呼ばれ、高官・士官の輸送に当てられていた(グリーン車はその名残り)のに対し、京浜急行は庶民の足だったようだ。

 庶民の足だっただけに横須賀中央は昔も今も横須賀市の中心として栄えている。とはいえ、もともと小さな駅で、ホームは大きくカーブを描いているし、昔の上りホームへ向う構内ガードの薄暗い不気味さもそのままだ。

 ペデストリアンデッキが、山のせまる狭い駅前空間を広く見せている。そこから見える真っ直ぐな道が横須賀のメインストリート大滝町通り。基地を抱える横須賀は防衛施設庁からたっぷり予算をもらっているので市役所などハード面は特に充実している。えてして応対は田舎の役場同様そっけないからご注意を。居丈高だけに電子市役所というマンツーマンでない手続を先取りした。これもIT行政を標榜する政府からの肝いりだろう。

 整備された小川町のプロムナードを歩いていった先に、お目当ての「記念艦・三笠」がある。沿道には海軍の錨マークがあちこちに施され、電話ボックスの灯台が目印だから迷わない。入艦料は500円、自衛官なら高校生と同じ300円だ。米兵はいくらなのだろう。

 横須賀生まれだけに、三笠へはよく行った記憶がある。ほとんど軍国少年状態だった。東海道線の駅名を東京から京都まで覚えるのと同様、巡洋艦以上の旧海軍艦船は覚えた。やはり「大和」と「長門」には格別の思い入れがあるし、祖父が海軍工廠にいたとき「高雄」を造ったとかで記念のミニチュア文鎮を持っていたことから、プラモデルは巡洋艦シリーズの製作を得意としていた。

 当時は、三笠の艦内ホールで「日本海海戦」や「明治大帝」の山場部分を繰り返し上映していた。明治天皇は嵐寛、東郷元帥は三船だったと思う。ひとしきり見た後、艦内でかくれんぼをした。上下左右に動く副砲を使って砲弾を込め、照準をつけて、撃つ真似などもよくしたものだ。今は映画の上映もなく、副砲もガタガタして頼りない有様でちょっと寂しい気がする。それに、砲弾を受けて損傷した箇所の色塗りや戦死傷者をあらわすプレートがめっきりなくなっているのは、管理の手抜きが当たり前になり、「皇国の興廃、此の一戦に在り。各員一層奮励努力せよ」といった東郷精神はどこかへいってしまったとしかいえない。

 東郷平八郎は軍神とされ、陸軍の乃木希典同様に神様となっている。東郷神社がそれだ。ただ、東郷と乃木では戦術や組織、任務など様々なことについて、その考え方に大きな違いがあると私には思える。東郷は例の教科書でも取り沙汰されたが、軍人(武人)としてはっきりとしたポリシーを持ち、英国海軍流であったのに対し、乃木は主君に仕える武士の精神で天皇との関係を捉えて行動したのだ。それが、その後の海軍と陸軍との性格に反映してくる。

 「本日天気晴朗ナレドモ波高シ」で決戦に入った日本海海戦。大方の予想を裏切って連合艦隊司令長官となった東郷は、世界最強といわれたロシア・バルチック艦隊の放つ砲弾が飛び交う激戦の最中でも、トーチカのような指揮所に入ることを拒み、ブリッジに立って戦況を見守ったという。日露戦争後、連合艦隊の解散式で「武人たるもの、平時に鍛錬を怠り、技術の進歩を見過ごし、時勢の発展に遅れることがあってはならない。一勝に満足して太平に安閑とすれば、直ちにその栄冠を奪われてしまうだろう」と東郷は訓示した。これを伝え聞いたアメリカのルーズベルトは国力の充実と軍備の近代化に努めたといわれ、反対に日本では戦勝に浮かれ、精神主義へと傾注していった。

 展示品を眺めているときりがない。とにかくいろんなものが並んでいる。個人的に結構面白かったのはプラモデルのコレクション。同じ型式の船を使って、マニアとしか思えないような船ごとの細かい差異がつけてある。それに拍子抜けするようなジオラマにはタイムスリップしたような感覚を覚えた。舷側には自衛隊のコーナーも並んでいる。当然、来訪した皇族の写真も掲出されているが、学習院のゼミの一行の中に目立って写る現秋篠宮様とグループの奥まった位置にいる紀子様が特にフォーカスだった。

 横須賀といえば小泉首相のお膝元だ。三笠ビルの「だるま本店」では、マスコミネタになった変革メニューの「純ちゃんランチ800円」「塩爺ランチ800円」「伏魔殿御膳1980円」が食べられる。「純ちゃんランチ」を食べたが、1200円の天せいろに匹敵する内容で実にお得だ。それに量も味も満足するものだったので、ぜひ一度ご賞味あれ。

 横須賀の老舗百貨店「さいかや」では、カップやハンカチ、スカーフ、タオルなどなど純ちゃんグッズも多く扱われている。文明堂では限定の「小泉首相カステラ」を販売、名物のさいかやまんじゅうも「純ちゃんまんじゅう」をキャッチフレーズに焼印を小泉首相の似顔に変えて売っていた。「ず〜っと純ちゃんにするの?」と聞いたら、「当分の間ですよ」とのこと。売り物だけに現金なお答えが返ってきた。

 参考までに、春秋暑寒no.016にも「横須賀」の話あり。