拡大写真 no.104 光太夫、「文京」で勉強する
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 「文京」とは、よく名付けたものだ。おかげで、大学のある町を「文教」とする都市が多い。東京のこの地に青春を過ごした方も多いと思うが、数十年ぶりに訪れてみると、まったく姿を変えてしまったものや、何一つ変えずにいるものがある。懐かしさも手伝って精力的に歩き回った。
 よくパチンコをした水道橋駅を起点に出発。まずは後楽園。球場はご存じ「東京ドーム・ビッグエッグ」となった。遊園地はずいぶんと小さくなり、そびえるような東京ドームホテルが建っていた。昼間は都市特有のポッカリとした空間にもかかわらず、夜はイルミネーションで幻想的に輝いている。東京ドームは、ジャイアンツと日本ハムのホーム球場で、ショップにはファン垂涎のグッズが並び、これでもかというぐらいサインものが陳列されている。
 裏手へ抜けると地上を走る地下鉄が見えて、その横にはド〜ンと文京区役所が建っている。最上階はホールと区議会会議場、その周りが無料の展望台になっている。ここには軽食の売店があり、サンドウィッチとコーヒーで文京の町を見下ろしながら食事ができる。立って食べるのはどうも・・・という場合には、ドーム側に展望レストランがある。あの椿山荘がやっているので少々お高いが、正午の時報には満席となってしまう。食事にプラスすればセルフコーヒーが飲み放題になるものだから、満席後の昼食時間内は席が空かないのでこころして行かれたい。目の前の丘を登ると、文京ふるさと歴史館がある。文京区の郷土資料館で、古くから学問の町だったせいか、いろいろな史料が展示されていて面白い。帝大、今の東京大学裏手の弥生町から出土した土器の発見により弥生時代が命名されたとか、縄文期の貝塚の発掘では人骨が出土し、調査したところ骨折していたとかの話題を中心に解説があるので親しみやすい。企画展では、学芸員が素人っぽいという訳でもないのだろうが、とにかく雑多で何でこんなものが並んでいるの?と首を傾げたくなるような物が陳列され、解説も深浅ばらばらなものだから、都会の中の田舎的郷土資料館と見てもいい。
 ここからは町家が続く、帝大の下宿も多かった「本郷」周辺。当時の面影を残すものも多い。樋口一葉の住んだ菊坂、坪内逍遙旧宅の炭団坂など文人墨客が好み、文学にも登場する坂が文京めぐりに変化を持たせる。当時でいえばモダン、今でいえばレトロで古さびた建物が目につくと、すぐそこに東京大学が見える。
 東京大学というと、ちょっと身を引いてしまいそうだが、いたって他の私学にくらべると門戸は開放されている。NHK大河ドラマ・利家とまつで有名な加賀百万石、つまり加賀藩邸があったところ。東大を象徴する赤門だって加賀藩時代のものなのだ。他には姿三四郎が飛び込んだという三四郎池(心字池)も当時のもの。あとは、工学部の前庭の中にある首塚灯籠。今でも灯籠が残っているのは、誰かがきっと大切に扱っていたからだろうが、今は荒れ果てていて東大の将来を象徴する趣がある。それにしても、構内は広くて1日歩き回っても尽きない感じ。ただただ感心するのはその建物をはじめ配置の妙だ。設計へのこだわりが壮大さと権威を感じさせる。それに対して近来建て替えられた建物が自己完結型で、東大全体の調和に貢献していないのが悔やまれる。もっと全体を見渡せる設計者はいないのだろうか?わたしたちも批判はできない。与えられた仕事を与えられた範囲で、そつなく成し遂げようとすることも立派だが、後世「失敗」や「惰性」の烙印を押されかねない。
 話は逸れるが、「みずほ」の失敗は、流行を追った合併、大小のみ評価する基準、4月1日にこだわった役人的経営陣、マニュアルだけのリスク管理、与えられた課題だけをこなす社員がそろった結果だ。それに、現職落選の横浜市長選挙の真相は、T氏の多選批判でもなく、N氏の若さでもない。あれはただ虎の威を借り、影響力を誇示した青葉区在住のT氏の賢夫人と、猛威を奮った都筑区在住のT氏の娘一家の涙なしでは語れない逸話によるものだ。多選批判ならばすべての区で同様の開票結果を示すはずが、この2区だけは特徴的な傾向を示している。御用記事を書くか、風潮に迎合するマスコミにも責任はある。
 東大の医2号館通用口には、医学を志す者へのメッセージがある。昔の人は権威も大切にしたが、心構え=哲学にもこだわったことが伺える。
 お茶ノ水駅周辺も歴史ある私学と建物がある。本郷周辺とは異なり、建替え工事の騒音が時代の崩壊を感じさせる。歴史の重みと大切さを教わらなかった若者に気に入られるような建物や町並みに造りかえたところで、それらの寿命は10年か、ひょっとすると5年程度のものかもしれない。
 ソ連建国により迫害されたギリシャ正教の砦と目されたニコライ堂は、ソ連崩壊後も頑としてそこにある。江戸幕府の儒教政策を実践するための湯島聖堂。江戸っ子の心意気を今に伝える神田明神。今回、訪れることのできなかった湯島天神。都市化の波に晒されながらも、信仰を基盤とするものには揺るぎがない。信仰と哲学とは紙一重。信仰=哲学が滅びれば都市も滅びる。宗教を信じればよいという意味ではなく、しっかりとした目的を持って、自分の信ずるところに学び、進むことが必要なのだと示している。
 今の時代に「儒教=孔子」は流行らない。という風情で湯島聖堂が建っている。そこで聖堂グッズを売っている人もそんな態度だ。こんなに立派な建物と敷地があるのだから、もっと「儒教=孔子」のよいところを訪れる人たちに熱心に伝えてもらいたい。ただ、大成殿にある縁台に座っていると時間が止まっていることに気づく。まさしく哲学の時を与える空間なのだ。
 聖堂とは、正反対の雰囲気が神田明神。平将門が祀られるせいもあって、参拝の老人に混じって若者がちらほら目立つ。無料休憩所で名物の甘酒(300円)を飲み、将門煎餅(50円)を食べて、今回の文京めぐりの締めくくりにした。
 坂を下れば、秋葉原の電気街。相変わらず、それらしい人々が町を行き交っている。